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  • miraisozojuku

2020年8月号

梅雨が明けましたね。 いつもと違う夏を迎えています。 今年に入って、毎日のように新型コロナウィルスのニュースがながれます。 その中でも、小さな、 きっといいニュースがたくさんあるはずですが、なかなか見えてはきませんね。 みなさんの小さな、でも大切な良いニュースについて考えてみましょう。

●穏やかな日々 —————————————————————–

先月のニュース配信で、 「東京はついに100人を超えました」と、私が伝えていました。 でもいまや、300人を超える毎日です。 たったひと月で、様変わりしてしまいます。 こういった変化は、新型コロナウィルス関連だけでなく、いくらでもあるはずです。 同じような朝が来て、同じような日々を過ごし、また同じ様に陽が暮れていく。 こんな穏やかな日々は、高齢になれば誰にでも訪れるのかと思っていましたが、 どうやらそうもいかないようです。 かれこれ、35年以上、「自分軸」を生きることを伝えてきました。 自分という軸がないと、周りに影響され、自分らしく生きることができずに苦しみます。 でも、影響されないように生きることもできません。悩ましい現実です。 ●自分を生きることと、共に生きること —————————————————————– この自分軸を生きることは、決して「全くぶれないように生きる」こととは違います。 少し話は飛びますが、 世界が協調して生きることの大切さは誰もがわかっていることなのですが、 そのことと逆行しているような気配を感じてなりません。 どこかの国が「自国ファースト」を訴えたり、 自国の体制を守るために他者を排除しようとしたり、 「世界平和への希望はどこに行ってしまったのだ」と、 世の中に落胆してしまいそうになります。 自分軸を生きることは、「個人主義を生きましょう」ということとは違います。 個人主義は、自分を守り、自分の利益を優先し、 少なくとも自分に近い存在の豊かさを追求していきます。 その範囲は人によって違うでしょうが、自分が中心であることは同じです。 それはそれで大切な生き方ですね。 その対極にあるのが、相対主義です。 自分以外の周りを主体としますから、周りにとってのベストが優先されていきます。 一見愛他的でよいのですが、「自分」が存在せずに、 個人の犠牲が伴うことが多々あります。 この両極の中庸にあるのが、「共に生きること」。 これこそが私が目指す、自分軸を生きることと言えます。 ●共に、の意味 —————————————————————– 周囲に同化してしまうと、自分らしさは消えてしまう。 自分の自我を押し通せば、他者との対立を生んでしまう。 共に生きることは、この両極の矛盾を葛藤しながら生きることなのです。 葛藤することは居心地が悪く、長くその状態でいるのは苦痛です。 だから、すぐに問題を先送りして、我慢したり、誰かのせいにしてやり過ごします。 でも、この葛藤の利点があるとすれば、心が育つということ。  つまり、問題と真正面から向き合うことが、 その人自身の価値を高めていくといえるのです。 心が育つことで、生きていることの意味や、喜びがすこしずつ見えてきます。 心の成長は、生涯続きます。 先人たちが言い続けたように、 「自分を知ること」は生涯をかけた人間の一大事業と言えるのです。 ★ コロナ禍で広がる可能性 —————————————————————– クエストは1998年からアートセラピーに取り組み始め、20数年が経過しました。 おかげさまで、アートセラピーの学びにおいて、 一定の評価を与えていただき、今ではカナダのカリキュラムも導入して、 臨床アートセラピストの国際基準を満たしたディプロマの取得もできる学院として 成長することができました。 いままでに日本全国から学びに来ていただいていましたが、 やはり東京でしか受講できないことは大きなハードルでした。 コロナ禍で、私たちに与えられたのは試練だけでなく、可能性でした。 これは、私たちの「とてもいいニュース」の一つです。 10月からの45期生は、通学だけでなくオンライン受講も可能となりました。 すでに、関東以外の方からのエントリーが続いています。 私たちの学院の成長が、少しでも「共に生きること」につながるよう、 自らをブラッシュアップし続けていきます。 お気軽にお問い合わせください。

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