2026年6月
- miraisozojuku
- 6月6日
- 読了時間: 3分
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創るとは、つなぐこと
── 過去から受け取り、未来へ手渡す
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六月六日頃から、二十四節気では「芒種(ぼうしゅ)」を迎えます。
稲や麦などの種を蒔く季節。
けれど私は、
芒種という言葉を聞くたびに、
少し不思議なことを思います。
種を蒔くという行為は、
未来を創ることでありながら、
同時に手放すことでもあるのだ、と。
手の中にある種は、
まだ自分のものです。
けれど種を蒔くということは、
それを土へ託すということ。
その瞬間、
種は自分の手を離れます。
芽が出るかどうか。
どんなふうに育つのか。
いつ花を咲かせるのか。
それはもう、
蒔いた人には決められません。
だから私は、
種を蒔くという行為は、
未来への贈りものであると同時に、
信頼の行為でもあるように思うのです。
種を蒔くということは、信頼するということ
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私たちは創造という言葉を聞くと、
新しいものを生み出すことだと思っています。
けれど自然を見ていると、
創造とはもっと違うものに見えてきます。
種は何もないところから育つのではありません。
土と出会い、
雨と出会い、
光と出会い、
風と出会いながら育っていきます。
創るとは、
一人で何かを作り出すことではなく、
さまざまなものをつなぐこと。
そんなふうにも見えてきます。
創るとは、つなぐこと
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私たちの人生も同じかもしれません。
親から受け取ったもの。
先生から学んだこと。
誰かにかけてもらった言葉。
本や映画から受け取った物語。
それらは私たちの中で種となり、
人生のどこかで芽を出します。
そして私たちはまた、
知らず知らずのうちに、
それを誰かへ手渡しています。
育てるのではなく、育つ場を整える
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子育てもそうです。
教育もそうです。
支援もそうです。
私たちはつい、
「どう育てるか」
を考えます。
けれど本当は、
育つのは相手自身です。
私たちにできることは、
種を渡すこと。
そして、
その種が育つ場を整えることなのかもしれません。
種を育てるのは「場」
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アートセラピーやArt in Chatでも、
私は同じことを感じています。
一枚の絵を描く。
ひとつの問いに出会う。
誰かの言葉に耳を傾ける。
その場で大きな変化が見えるわけではありません。
その人の中に種として残っていくことがあります。
そしてある日、
思いがけない場所で芽を出す。
私たちはその瞬間を、
必ずしも見ることはできません。
そう考えると、
種を託す先の土とは、
単なる土壌ではないのかもしれません。
人と人とのあいだに生まれる「場」。
安心して表現できる「空間」。
自分自身と出会える「時間」。
誰かの存在によって支えられる関係性。
そうした「場」が、
種を育てる土になるのです。
芒種の季節に思うこと
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芒種の季節。
私たちは未来を創ろうとします。
けれど本当に大切なのは、
未来をコントロールすることではなく、
未来が育つ場を信頼することなのかもしれません。
創るとは、
何かを生み出すことではなく、
つなぐこと。
受け取ったものを、
次の誰かへ手渡していくこと。
そして、
その種が育つ場を大切にすること。
そんなことを思いながら、
六月の風に吹かれています。




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